※この話は過去に頒布した突発本の本文となります。後日調整、改修の可能性があります
序章
それは、魔法都市・ゲフェンにある教会の物語。グラストヘイムという、巨大な遺跡を近くに有するこの町には退魔師団という聖職者たちの部門がある。
彼らの多くは冒険者を経験した聖職者で構成され、グラストヘイムの調査に従事している。その名のとおり、彼らの多くは退魔、すなわち不死の怪物達や悪魔に対抗する手段に特化した者が多く、神の力で仲間のサポートを行う、いわゆる支援系の聖職者たちとは幾分気質が異なっている。
そんな退魔師団のごくわずかな者達の間で一つの話が伝えられている。
封印されたグラストヘイムに関する調査書がこの教会の奥深くに存在するのだ、ということ。
移ろいゆく時間と共に師団に身を置く者たちも変わり、その噂もほとんど消えかけてしまったが、それでもその話を知る者たちはその調査書の存在を信じて疑わない。
しかし、その調査書の話をする者達ですら、知らない真実もあるのです。
1
満点の星空。ゲフェンの西、グラストヘイムへ続く巨大な橋の傍に人影が二つ。
一人は白と黒に染められた法衣を羽織り、仰向けで空を見上げている男。
一人は、紫紺の法衣を纏い、男の顔を覗き込んでいる少女。
「璃緒。そんなところで寝転がっていると、風邪をひくよ?」
少女がにこりと笑う。
「サリナか。何か寝れなくてさ」
仰向けのまま、「璃緒」と呼ばれた男は「サリナ」と呼んだ少女の顔を見、更にその先の夜空を見上げる。
「星でも見ながら転がってれば寝れるんじゃないかって思って」
「確かに、教会の天井はこんなにきれいには飾り付けされてないものね」
男の傍らに腰をおろし、少女もまた空を見上げる。
「そうだな。それに、ああいう場所は息苦しくて逆に安心して寝れない」
下から少女の顔を見上げる。長く、まっすぐな金髪が夜風で揺れている。ヴァルハラに居るという戦乙女を見ることができたとしたら、こんな感じの綺麗な人なんだろうな、と璃緒は思う。
「そっかぁ、私はずっと教会に居て......。こんな綺麗な星空を見ながら寝たことはほとんどないなぁ」
そっと体を横たえて、サリナも空を見上げる。
こぼれおちそうなほどに大小の光がちりばめられた空。手を伸ばせば届きそうな錯覚を覚える。
「こういうのもおつなモンだぜ?」
「そうだね」
しばし、沈黙の時間が流れる。
璃緒は、プロンテラ教会のゲフェン支部にある、退魔師団と呼ばれる部署に所属している。
退魔師団は、主にグラストヘイムの調査と監視を主な仕事としている。
グラストヘイムにはいわゆるアンデッドや悪魔系のモンスターも多く生息し、所属員の多くはこれらに対抗する術に重点を置く者が多いためにこのように呼ばれている。
また、所属員は冒険者であったり、普段は各地を巡業していたりと強固な組織力を持たない、いわば傭兵部隊的な要素が強い集団でもある。
璃緒も元々は冒険者として暮らしていたが、ひょんなことでこの師団に所属することになり、時折出される依頼に必要に応じて参加している。
サリナはゲフェンの教会でプリーストとして働く生粋の聖職者である。
家も聖職者で、ゲフェンで仕事をしていたこともあり、彼女もそのまま教会で訪れる信徒の世話をしたり、教会全体が取り組んでいるグラストヘイム、およびその周辺調査の事務作業の手伝いをしている。
外の世界をあまり知らないサリナにとって、他国を渡り歩いた璃緒の話は非常に興味深く、面白いものであった。
何となく話を聞きに行く内に二人は親しくなり、なにかとともに行動することが多くなっていた。
「そういえば、明日だったよね。古城に行くのって。私......あそこに行くのは初めて......。怪物達がいっぱいいるんだよ......ね?」
不意に思い出したように、サリナは口を開く。
ほんの少し、その声と目に不安げな曇りがかかる。
「ああ」
少女の不安な様子を察して、男は軽い口調で言う。
「でも、サリナ一人行くんじゃないんだし。それに、ちょっとばかし修道院を調査して帰るだけ。そんなに心配することもないって」
起き上がって、にこっと白い歯を見せる。
「それに、俺も行くんだぜ?ドンと任せとけ」
「璃緒はいつも楽観しすぎだと思う」
「そうか?」
「そうだよー、退魔師団の黒髪悪魔羽耳モンクは向こう見ずで粗暴だ、って教会の女の子たちは囁いてるよ」
「女の子の噂になれるなんて光栄だね」
「璃緒ー......」
ぷく、っと頬を膨らませるサリナに笑って頭を撫で、
「その向こう見ずで粗暴な羽耳モンクに、律義に世話を焼くお嬢様はこんなトコに居ていいのかい?
怖い目にあっても知らないぜ?」
幾分皮肉を込めた口調。
「そんなことしないって知ってるもの。だから怖くも何ともないもん」
頬を膨らませたまま、サリナはそれでもまっすぐに璃緒の目を見て答えた。
「......ははっ、お見それしました」
肩をすくめて、璃緒は笑う。
「まぁ、何にしてもサリナは何も心配することはない。調査団を守ること、それが俺ら退魔師団に与えられた仕事だ。仕事は全力で遂行する」
「うん。でも、あまり無理はしないでね......?」
一瞬きょとん、と目を丸くする璃緒。しかし、すぐさまにこりと笑って、
「サリナは心配症だな」
そう言ってサリナの耳元に顔を寄せる。
「それに、今目の前にいる大切な人を俺の全てを賭けて守る。それが俺が俺自身とした誓いと約束。そして退魔師団に来た理由、この調査に志願した一番の理由だ」
「! それ......」
一瞬、目を丸くしその言葉の意味を問いただそうとしたサリナの手に、璃緒は何かを握らせる。
「?」
自らの手のひらを開けると、そこには金色の指輪があった。
「これ......」
「調査が終わったらさ」
照れくさそうにやや視線をそらし、何かを呟く。
その言葉は周囲の木々が風でざわめく音に一瞬かき消される。
「えっ? 聞こえないよ」
「......っあー!何でもない!調査が終わった時にまたじっくり話す。寝るぞ!」
耳まで赤くし、仰向けに寝転がって目を閉じる男。慌てて揺り起こす少女。
「え? ちょ、ちょっとぉ! 本当に風邪ひくよ?」
慌てたような口調でも、その表情はとても嬉しそうで、朱に染まっていた。