【本編】ハコニワ 1-2

2

「司祭様、それでご用件というのは?」
ここはゲフェンの一角にある教会。いくつか並ぶ執務室のうちの一室で、群雲は目の前の男に尋ねた。
「うむ、よく来てくださいました。あなたの上司に当たる司祭、ソフィア殿はご存知ですね」
白く、ゆったりとした法衣に身を包んだ初老の男は小さくため息をつき、一通の書簡を群雲に手渡す。
「?」
「ここ1カ月ほど、ソフィア殿が外出したきり消息を絶ってしまっており少々気になっております。
私たち退魔師団は元は冒険者の集まり。何らかの理由で長期的に教会を空けることはよくあることですが......、ソフィア殿は定期的に報告書を上げてくださっていました」
「つまり、それがここしばらく届かない、と?」
群雲は自らの上司のことを思い返す。ソフィアは群雲にとっては上司に当たる人物だ。代々ゲフェン教会の司祭を務める家の長女で、教会のシスターたちからは慕われている。
......ただ一点の欠点を除いて。
「そう、その上、カピトーリナの......、紅騎といいましたか。そのチャンピオンも時を同じくして長らく消息を絶っているようです。その書簡はカピトーリナからのチャンピオンの捜索願い」
「......紅騎さんも、ですか......」
群雲も小さくため息をつく。紅騎は腕は立つチャンピオンだが、報告は上げない、長老の言うことは聞かないとカピトーリナでも放蕩チャンピオンと呼び、手を焼いているらしい。
「あの粗暴なチャンピオンに連れ回され、ソフィア殿が苦労されていると思ったら不憫でなりません。カピトーリナでも行き先もつかめぬ状態らしく、非常に困っています」
「つまり......私は2人を探せば宜しいので?」
司祭の思惑を読み取り、群雲は確認の言葉を告げる。
「申し訳ないとはおもうのですが、頼まれてはもらえませんか。確か、あなたのいる宿には紅騎の弟弟子がいたかと。彼なら何か知っているのではないかと」
(璃緒が......?)
今朝叩き起こしたモンクの顔を思い起こす。
あの間抜け面では何も知らない気もする。
ああ、そういえば璃緒もカピトーリナから召喚を受けていたな......。
と、いうことは彼は今まさに同じ話を聞いていると踏んでいいだろう。

そこまで推理したが、群雲は考える。
......ソフィアさんのことだ。十二分にたくましく過ごしているだろう。

教会ではおしとやかで優しいお嬢様として慕われているソフィア。
しかし、群雲は彼女の別の一面を知っている。
それを含めて考えると......まあ、まず心配ない。

だが、今考えたままを司祭に伝えるのはためらう。
「承知しました」
ひとまず何も言わず引き受けよう。それがもっともおさまりが良さそうだ。
群雲はそう考え、その場をおさめる。
「では、私はこれで......」
そう言って部屋を出ようとした群雲を再び司祭が呼び止める。
「あと一つ、心に止めておいて頂きたい情報があります」
「?」
「ここ数日の間、グラストヘイム周辺に不穏な動きがあるようです」
「グラストヘイムに?」
司祭はこくり、とうなづく。
「私たちと同じ、聖職者の法衣をまとった者が多数の魔物を率い、グラストヘイム周辺にいると調査に行っている者から報告がありました。ソフィア殿たちの失踪と関係がある、とは思いたくはありませんが......気にかかる情報ではあります」
聖職者の法衣......?確かに気にかかる噂だ、と群雲も思う。
「承知しました。捜索の間、注意を払うように致します。ありがとうございます」

「おや? おかえり。どうだった?」
斜陽亭に戻ると、オーナーの泉水が愛ペコを厩舎から出しているところだった。
「ただいま。頼まれごとを引き受けてしまってね。そういえば、璃緒は? 奴に聞きたいことがあるんだが......」
「璃緒かい? 彼ならさっき戻ってきてすぐに狩りに出かけたよ」
「またニブルヘイムか?」
「たぶんね」
そんなに好きか、あそこが......。と、群雲は苦笑する。
「まあ、本人が実家ですと豪語してるくらいだものね。よっぽど好きなんだろう」
泉水がクスクスと声を立てて笑う。
「あいつ自身が元々あそこで拾われたんだっけか?」
「紅騎さんはそう言ってたねぇ。その前のことは本人も覚えていないみたいだけど......」
一体どんな経緯で死者の町に生者がいたのか。そのいきさつがどうしても思いつかないが、紅騎がいかに放蕩チャンピオンといえど、神に仕える者としてそう嘘をついているとも思えない。
「ふむ......」
今からニブルヘイムまで行くのは面倒だな......。そんなことを考えた群雲は、
「あいつが帰るまでは本でも読んでいるか」
「いつも通りならお茶の時間までには戻るだろうしね。俺はちょっとプロンテラまで行ってくるよ」
「ああ、聖騎士団の仕事だな。行ってらっしゃい」
太陽も頭の上を超え、わずかに夕暮れの時間へと向かい始めている。ペコに乗ってプロンテラの方向へ歩いて行った泉水を見送り、群雲は斜陽亭の自室に戻っていった。