【本編】ハコニワ 1-4

4

「璃緒!」
「泉水!おかえり!」
グリフォンと対峙している璃緒は群雲の支援魔法で想像ほどの損害はないようだが、疲労の表情は隠せない。
「群雲、すまないがヒールをこちらに回してくれ」
腰の剣を抜き意識を璃緒に集中する。
一方、璃緒は背後からふわりと何かが自分を覆う感覚を覚える。
「ダメージは引き受ける。おもいきりやっておいで」
やはり糸目の表情は笑ったままに見えるが、穏やかな口調は不思議と安心感に満ちている。
「......了解!」
にこっと満面の笑顔で答え、再び璃緒はグリフォンに対峙した。

グリフォンは散々目の前の小さな生き物に打ち据えられ、羽ばたく力も失っていた。本能的に割に合わないと判断したのか、じりじり後退をはじめる。
「あとすこし!」
痛みは泉水が肩代わりしてくれていたが、金剛を維持するための精神力と集中力がそろそろ底を尽きかけていた。
このまま退散してくれれば......。そう思った。
が、
「ギャアアアア」
後ずさりを始めたグリフォンが突如叫び声を上げる。
そして、地を蹴り璃緒に飛び掛かる。
「うわ!」
両前足で押さえ込まれた瞬間、泉水の献身の効果を成す見えない糸がきれる。
「まずい!」
グリフォンの注意を向けなくては!と泉水が駆け寄る。
 群雲はその泉水に支援魔法をと口を開くが......
(......声が。出ない!)
レックスディビーナ!?沈黙の魔法だ。
「ガァッ」
先程までとは明らかに様子が違う。死に物狂いとも少し違う。どこか、自我を失っている......そんな気配が至近距離にいる璃緒には読み取れた。
駆け寄った泉水が剣をグリフォンの前足に突き立てる。
「ガウッ」
邪魔者を振り払おうと嘴で反撃するグリフォン。かざした盾で直撃は免れるが、体重差で跳ね飛ばされる。
「璃緒!」
献身を再び璃緒に付与するが、早く助け出さなくてはならない。
いくら献身といえど対象者の肉体が損壊してしまっては手の施しようがないのだ。
璃緒も押さえ込む前足を振り解こうともがくがびくともしない。

その時。

「ギャッ!」
不意に鈍い激突音がグリフォンの背中で響き、グリフォンがのけ反る。
「?」
力の緩んだ前足から転がるように抜け出し、何が起きたのかを確認しようとする。
「そいつをひきつけとけ!璃緒」
グリフォンの背中の更に向こう。人影が見える。と、3人を包む祝福の光。
「あらあらあら。斜陽亭はいつも大騒ぎね」
群雲の側に女性がふわり、と姿を現す。青と白に染色を施した法衣。ハイプリーストだ。
「全く、どこに行ってたんですか......。司祭様たちへの言い訳、考えておいてくださいね」
「あらあらあら、ウフフそれは大変」
言葉とは裏腹に全く動じた様子もなく笑顔の女性。
本当にこの人は......。と群雲は小さくため息をついた。

一方。
グリフォンの足元を走り回って注意をひく璃緒。
その視線の先、グリフォンの背後から駆け寄ってくる人影。全身にまとう気がビリビリと空気を震わせている。

「阿修羅......」
背後から近づいてくる何かにグリフォンが振り向いた......瞬間。
「覇凰拳っ」

ドゴンッ バキバキバキ......ッ

巻き起こる砂埃と石畳が割れる音が響く。
吹きつけてきた突風に思わず顔を腕で覆う璃緒。

「......ほえー......」
砂埃が晴れてきた頃。
先ほどまで璃緒の前に立ちはだかっていたグリフォンはぐったりと床に伏せていた。
ピクリとも動く様子がないその側から人影が歩み出てくる。白と真紅の法衣をまとう、チャンピオンの男だ。
「紅騎!」
璃緒が駆け寄った......かと思いきや。
「どこ行ってたんだよバカ紅騎。......あだっ!」
「久方ぶりに会う兄にバカときたかバカわんこ」
「だってバカはバカだも......あいだだだだ」
「この口か、いらんこと言ってるのはこの口か!?」
会うなり手荒なじゃれ合いをはじめる璃緒とチャンピオンの男。
その様子を見ながら、
「......バカ兄弟......」
と、群雲は呆れた口調でつぶやいたが、宿が無傷で済んだことの安堵にほっと肩をなでおろす。
「おかえりなさい、紅騎さんにソフィアさん。助かりました」
「おう、一体何があったんだ?泉水」
「いえ、俺にも何があったのか......」
会話を交わす泉水の脇で、カィン、と小さな金属音が響く。
「!?」
「泉水、油断はダメ......」
「緋汐、いつの間に?......ありがとう」
ふわり、と浮き出すように泉水のそばに黒装束の少女が現れる。両手に持った独特の武器が、彼女がアサシンであることを物語っている。
少女の足元には一本のナイフが落ちていた。先ほどの音は彼女がこれを叩き落としたものだろうか。
「じじ様との約束......だから」
目を合わせる様子もなく、淡々と答える緋汐に泉水は変わらずにっこりと笑顔で答える。
「! あそこだ」
紅騎が側の建物の上を指す。そこには夕闇の僅かな光に照らされる人影。
身にまとっている白い法衣からしてハイプリーストであろう。夕陽のように赤い髪、顔は仮面で隠しており表情は見えない。
彼は胸の前に手を上げ、小さく印を切る。
「待て!」
紅騎が引きとめようとするが到底間に合わない。ハイプリーストはかき消すようにその場から姿を消した。
「あれは一体......?」
「わからん。だが、まあ俺らの仲間、という感じじゃなさそうだ」
「......」
璃緒は、ずっと凍りついたようにハイプリーストのいた場所を見つめていた。
何か、ずっとずっと昔に彼に会った様な気がする......。でも、どうしても思い出せない。そんなもやもやとした気持ちが渦巻いていた。
と、そんな璃緒の肩をふわりと包む感触。璃緒は現実に引き戻される。
「斜陽亭に入りましょ、璃緒......」
ソフィアがにっこりと微笑んだ。