【番外】瑠璃色。

「君は、もし自分の命があと僅かだと知ったらどうする?」
薄墨色の髪の隙間から見えた瑠璃色の目はどこまでも高い空のようにも、また、どこまでも深い海のようにも見えた......。

「まさか......こんなことになっているなんて......」
小さな二つの墓石。俺はすぐにその事実が受け入れられずにいた。
アマツの神社に程近い竹林の中。次の言葉が出ないまま立ち尽くす俺に案内してくれたパラディンが話し掛ける。
「君は二人の知り合いかい? 見たところカピトーリナの者のようだし」
「ええ......。まあ......一方だけですけど......」
俺は確かにこの二人のうち、一方のことは知っている。といっても彼がどこまで俺のことを覚えているかはわからないが。

俺は紅騎。カピトーリナ修道院に所属するモンクだ。
プロンテラの商家の生まれだが、次男坊で家を継ぐ必要もなかった。
ただただ退屈な毎日から抜け出したくて、いつしか冒険者となって家を出よう、と考えるようになっていた。
街を闊歩する奴らの姿はいつも楽しそうで、自由であるように俺には思えたのだ。
ノービスになるための修練所に行き、冒険者とは如何なるものかを聞いた。
腕っ節には自信があったからまず騎士になろうか、と考えた。しかし、あの息が詰まりそうな上下関係と帰属意識は堪えられない気がした。
アサシン? いやああいうのは苦手だ。そんなに身軽ではない。
ウィザード? 殴りウィズにでもなるというのか?
残っていた選択肢はアコライト系しかなかった。
プロンテラには教会の本拠地があり、そこの様子も何度か見る機会があったがメンドクサイ場所だと思った。しかし、それでも地方への巡礼や布教をメインとするところに居さえすればまだずっと自由度は高いと思った。
そして、カピトーリナのモンクならさらにその自由度は増すのではないか、とも。

修練所をでて、まずはアコライトから修業を積み、カピトーリナでモンクとなった。それからは雇われ者として各地の調査や討伐に参加していた。組織に属することがどうにも性に合わず、こんなフリーランス的な暮らしが一番気楽だった。
その中で一人の黒髪のチャンピオンの男に出会った。
彼は小さなギルドに所属してはいたが、資金が必要だからと知人のギルドの要請を引き受けては、各地の討伐に参加しているようだった。
最初は同系職ということもあったのだろう。将来の目標としてその立ち回り、戦い方など、そのチャンピオンになんとなく興味が向いた。

そんなある日。
「ねえ君」
突然、俺はそのチャンピオンに話し掛けられた。
俺は驚いた表情をしていたらしい。そいつはやや慌てた様子で話を続けた。
「いや、ごめんね。よく見られてるなーって視線を感じてたもんだから、何か話でもあるのかなって」
ニコニコと笑顔で話し掛けて来る男は俺よりやや小柄で、ルーンミッドガッツ人にしては幼い印象を受けた。
それをきっかけに他愛のない雑談を交わすことになった。狩りのことから冒険に出た経緯まで。意外だったのは彼が自分が思っていたよりも年上だったということだ。
「いやあチビだからかなぁ、転生したときに見た目はちょっぴり若返るみたいなんだけど、若返りすぎちゃったのかなぁ」
ああ、でもアマツ人はルーンミッドガッツ人より元々幼く見えるようだからそのせいかもしれないねぇ、と彼は結論付けていた。どうやら彼はアマツの生まれらしい。
「この討伐が終わったら一旦アマツに帰るんだ。実は息子が一人居てね、生まれてすぐに訳があって親戚に預けてたんだけど......。やっと顔を見る時間が取れそうだから」
伴侶どころか恋人すら居ない俺にして見れば嫉妬の一つも湧きそうなものだが、不思議とそうは思わなかった。まるで、小さな犬がはしゃいでいるかのようにも見えたからかもしれない。
と、
「......ねえ」
不意に、彼の声のトーンがかわる。
「たとえばの話なんだけどね、君は、もし自分の命があと僅かだと知ったらどうする?」
「......え?」
笑顔を絶やすことはないが、目の奥に奇妙な色が見えた。
「考えたことがない」
実際、そんなことが来るとすら思ったこともなかった。
「そっかぁ、そうだよねー。へんなこと聞いてゴメンネ」
あははは、と笑う男に、俺は逆に問いかけた。
「じゃあ、あんただったらどうするんだ?」
「そうだねぇ......」
うーん、と腕組みをして何かを考えるそぶりをし、
「流れに身を任せる、かな」
「何もしないのか?」
「それが、来るべき自然の摂理なのならね」
にっこりと笑う彼の表情は悲しそうにも、何かを心に決めているようにも思えた。


「その時の表情が、どうしても忘れられなくて......。その理由を聞こうと思って、ここまで来ました」
「そうか......。ミルイ、ああチャンプの名前ね。彼には何やら不治の病のようなものを抱えていたみたいだし......。彼なりの不安があったのかもしれないね。身内に話すと心配させるから聞きやすかったのかもしれない」
普段から何処か掴みどころのない、飄々とした男だったから......と、パラディンは付け加える。
「そういえば、彼らには子供がいたのだろう? 親戚に預けていると言っていた」
俺はパラディンに尋ねる。
「ああ、奥さんが子供が生まれてすぐに亡くなってね。稼がなくてはならないから、と姉に預けていたみたいだけど......。俺もその姉が何処に住んででいるかは知らないんだ」
「そうか......」
「すまないね、力になれなくて」
「いや、ありがとう」


それが......今から10年前の話。
「なあなあ、いい加減起きろよー!」
「......ん?」
「ちょっと一眠りする! って言ってからだいぶ経ってるじゃないかー! 患者さん来てるよー?」
「あー、うるさいな。耳元でがなるな! 準備はいつでもできてる。とっとと入れろ」
「逆切れ? ってうぉ!!!」
「早く行け」
「いだだだだ......ちぇー。こういうときばっかり」
ぶつくさ言いながら部屋を出て行くモンクの後姿を見送りつつ小さくつぶやく。

海涙(ミルイ)、あんたのガキなら同じモンクを選んだよ。

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ROのむかーしむかしの音楽を発掘する機会がありまして。

その時に見つけた曲を聴いていてふと思いついた小ネタです。