【本編】ナマエノナイハコ 2

※この話は過去に頒布した突発本の本文となります。後日調整、改修の可能性があります

2

「今回の調査は主に巨人族が修道院として利用していたと思しき建造物の調査です......」
次の日の早朝、延々と終わらない司祭の演説を聞きながら、璃緒はやや辟易気味に欠伸をする。
(どうして偉い奴らの話ってこうも長いんだろうねぇ)
隣で熱心にメモをとっているサリナに同意を求めるが、
(そうだねー......。でも、司祭様たちも心配なんだと思うよ)
(心配って、自分らは教会で茶でも飲みながら待ってるだけじゃん)
(そんなこといわないの。私たちの無事を祈っていて下さるんだから)
と、諭される。
(ちぇー......)
祈りだけで人間助かれば世話ないよと呟きながら、司祭の話に耳を傾ける。
「修道院には地下に巨大な墓所があることが確認されています。これが今回の主な調査対象となりますが、多数の不死の輩が徘徊していることも確認されています。十分注意して調査にあたってください。本来であれば彼らをすべて土に返してやるべきですが、今回はそれが主の目的ではありません。みなさんが一人前の司祭となり、人々に神の教えを説くための修行の一つです。
今回は、そのための護衛として退魔師団の方々もついていってくださいます。彼らの多くは各地を渡り、戦闘の技術に長けた方々です。彼らがみなさんの任務の障害を退けてくださることでしょう。ですから、安心して任務に専念してください」
十人ほどの者達の中から数名が立ち上がる。プリーストやモンクが主だが、クルセイダー等も含まれているようだ。璃緒もその一人だ。
「グラストヘイムは云わばわれわれにとって庭のようなもの。安心して任務を遂行してください」
退魔師団のリーダーらしきハイプリーストが、にっこりと、主に女性プリーストに笑顔を投げかける。
(あいつ、調査団に女性が多いから志願したんだぜ)
眉間にしわを寄せ、悪態をつく璃緒に、クスクスとサリナは笑った。

3

調査に関する説明と、出発の準備を終えた一行はゲフェンの西側から巨大な跳ね橋を渡り、グラストヘイムの遺跡へと向かう。
途中、コボルドの巣の近くや、小型の竜族が徘徊する平原を抜けたが、損害もなく遺跡入口へ辿りつく。
「ここからは深淵の騎士やガーゴイルなど、怪物が多く徘徊しています。周囲は我々で守りますので、皆さんは極力集団の中心に居るようお願いします」
退魔師団のリーダーが調査団に声をかけ、自らの師団のメンバーに指示を出す。
「ねぇ、璃緒。璃緒は前衛ではないの?」
「今日は前衛はクルセとかいるからな。それにモンクは前衛っていうよりはこうして中間あたりに居る方が都合がいいんだよ」
「なぜ?」
「そいつは......」
「おい!璃緒。話聞いてるか!」
サリナと親しげに話していたのが目に付いたのか、ハイプリーストからお小言が飛ぶ。
ふぅ、とハイプリーストに聞こえぬよう小さくため息をついて璃緒は肩をすくめた。
「ああ、聞いてるよ。調査団の方が何で俺が中衛にいるのかって聞くから答えてただけだ」
ふーむ、とサリナを見、ハイプリーストは微笑む。
「モンクは我々と同じくアコライトから転職するのでブレッシングやヒール等を使うことができます。それと同時に戦闘能力に関わるスキルを使用することができます。そういった観点から彼のようなモンクは、パーティ全体を見渡せる場所に身を置き、臨機応変に対応する遊撃的な役割を担います。......いかがでしょう?」
「ありがとうございます。よくわかりました」
にっこりと笑って礼を述べるサリナに満足したらしきハイプリーストは、次の指示を出し始める。
「あいつに愛想振りまくことないのに」
やや不満げにサリナにささやく璃緒だが、
「ご機嫌を損ねないようにするのもパーティスキルでしょ?」
うふふ、と軽くいなされて璃緒は「まぁ、そうともいうけど......」と、頭を掻いた。

修道院はグラストヘイムのほぼ中央に建つ巨大な建物だ。あちこち瓦礫で道が塞がれているが、通れないわけではない。一行は周囲に注意しながらその入口に辿りつく。
「中は主にアンデッド系のモンスターが徘徊しています。奴らに理性というものは存在しませんし、生者を憎んでいます。まともな話は通じません。ですから、不用意に集団から離れないようにだけは注意してください。
今回向かうカタコンベへは最も最短のルートを選んで進みます。修道院を入って右手に入口があります。そして、そこから前方、カタコンベの中央に向かいます」
「カタコンベには恐ろしいモンスターがいると聞いたのですが......。ダークロードという闇の王が......」
調査団のプリーストがおずおずとハイプリーストに質問する。
調査団のプリースト達がザワザワとどよめく。
「お静かに。ええ。確かにダークロードをカタコンベで見た者はいます。しかし、常にいるわけではなく、万一それらしい姿を見かけた時も落ち着いて、まずは一時テレポート等で散開します。敵のいない場所に逃げ、その場所からじっとして私たちを待ってください。すぐに助けに向かいます。今回に限っては決して彼らを救おうとは考えないでください。ここから先は彼ら悪しき者たちの巣窟。気がつけばあなた方が彼らの仲間入りをすることにもなりかねませんので......」
「......」
「他に質問は......よろしいですか。では、行きましょう」

まず先行するのはクルセイダー。中の通路の安全を確認し後続へ伝える。調査団のプリーストを守るように一行は修道院へ入る。
「......天井が......高いね」
サリナはため息をつく。修道院の天井は暗く、まるで闇が覆っているかのようにすら見える。
「元々巨人族の城だったらしいしな」
「でも......空気が淀んでいて......なんだか怖い。私たちの教会とは全然違う......」
冷たい空気のせいか、それとも辺りに漂う異様な瘴気のせいか。サリナはふるり、と震えた。
璃緒は、そんな彼女の頭を軽く撫でる。
「でも、周りにいるのはサリナも知ってるやつらの空気だろ?」
そう言われ、サリナはあたりを見回す。
「......そうだね」
にこりと微笑む。
一行は、当初の予定通り、カタコンベへの入り口に辿りつく。修道院に入った時と同様、先発隊が安全を確認し、一行はカタコンベへと足を踏み入れる。
さぁ、自分も、と璃緒が奥へ進もうとした時だ。
一瞬、視界の端に黒い影が走る。
(......?)
気配を感じた方へ眼を向けるが、そこにはただ闇があるばかり。
(......)
冒険者としての勘が不穏な警鐘を鳴らす。
しかし、一行は先に進んでいこうとしている。確証のない今、騒ぐことは逆に調査団に不安を与える危険もある。
璃緒は周囲の様子にやや警戒を払いつつ、奥へ進んだ。

コォォォ......、と空洞がどこからともなく吹き込む風に鳴っている。
土のにおいと、瘴気。本来墓所であれば浄化された空気もあるはずなのだが、ここは違う。
息が詰まるような汚れた気配が満ちている。
「......」
教会の浄化された場所に慣れた調査団のプリースト達はその瘴気に圧倒され、気分が悪いと座り込む者もいる。
「本当に私たちは......ここで調査を行うのでしょうか?」
瘴気の濃さに弱気になったプリーストの一人が退魔師団のハイプリーストに訴える。
「ご安心ください。私共がついております」
ブレッシングを施す。プリーストの気持ちを和らげようということだろう。
サリナもまた、これまで感じたことのない気配に震えが止められずにいた。
「大丈夫......大丈夫......。璃緒も......こういうところにはよく来るのだよ、ね」
「ああ。でも、大丈夫か?無理すんなよ」
こくりとサリナはうなづく。
「慣れないと、外の世界に出て色々な所に行くことはできないものね。一人前のプリーストになれないものね」
「......」
抱きしめたいと思いつつも、周囲の状況を思い、璃緒は、心配ない、という気持ちを込めてサリナの肩を軽く叩いた。

目的地はカタコンベの中央。まっすぐ前方、ただそれだけだ。
クルセイダーが先行し、数歩前に踏み出すと、闇の中から呻き声とともに黒い影が現れる。
調査団の若いプリースト達はおののくが、ハイプリーストが制止する。
「大丈夫です! 落ち着いて」
現れたグールや、レイスを一掃する。
「我々がついております。ですから安心して」
その様を見、プリースト達は僅かに落ち着きを取り戻す。それを確認し、一行はさらに奥へ向かう。
視界の先に木でできた橋が見えてくる。
「あの橋の上に行けば大丈夫」
慎重に奥へと歩を進める。
あと一歩で端に差し掛かる、その時だった。
「!」
最前列を歩いていたクルセイダーが大きく吹き飛ばされる。
突然のことに一同が騒然とする。
「な!」
そこに居たのは大きな翼に鷲の頭、獅子の身体。グリフォンだった。
「なぜこんな所に......」
カタコンベに居るはずはない。ハイプリーストも動揺を隠せない。
「これは」
古木の枝だ。直感的に璃緒は悟る。カタコンベに入るとき感じた違和感を思い出す。
「とにかく、一時散開して......」
ハイプリーストがそう言って振り返り、驚愕した表情を見せる。

ズズ......ン

一瞬の出来事だった。どこからともなく巨大な火の玉が現れ、降り注いだ。
テレポートを使う暇もなく多くがその劫火に焼かれる。
『わが庭に足を踏み入れる小さく愚かな者達よ......』
闇の中から現れる骸骨の顔。それは紛れもなく闇の王、ダークロードであった。
言いようのない恐怖と絶望感が璃緒の全身を襲う。
「逃げろ!」
何とか持ちこたえたと思しきハイプリーストが叫ぶが、グリフォンの爪に捕らわれる。
『その報いを受けるといい......』
ダークロードの頭上に再び、火の玉が現れ、地上に降り注ぐ。
灼熱と白い光に視界が遮られる。
「......?」
死んだ、と思っていた。しかし、かろうじて生きている。
なぜ?そう思った視界にサリナがいた。璃緒の手を強く握った手は淡く光っていた。ヒールの癒しの光だ。
「――――」
何かを言ったのが聞こえた。しかし、その言葉が何であるかまでは聞き取れなかった。
聞き返そうと口を開くが、視界が暗い闇に覆われ、そのまま璃緒は意識を手放した。