※この話は過去に頒布した突発本の本文となります。後日調整、改修の可能性があります
4
それから数時間後。日も落ちた夕暮れ。
「しかし、いつ来ても殺風景な場所だねぇ」
カタコンベの土を踏みしめ、一つの影が現れる。
青い髪に羽のヘアバンド。白と黒の法衣からカピトーリナに所属するモンクであるとわかる。
彼は紅騎(こうき)、プロンテラの外れに診療所を構える医者だ。
時々気分転換にこの場所へ狩りをしに足を運ぶが、今日はいつもとやや違う空気に違和感を覚えた。「ずいぶん焦げ臭いな。......なんだあれ?」
視界の先。焼け焦げた黒い地面、その中にところどころ転がる黒い塊。
それが幾人もの人であることに気づくのにさほど時間はかからなかった。
「な、何だこりゃ......?」
殆どはひどい火傷、全く動く様子はない。おそらくすでに息絶えているだろう、と紅騎は直感的に悟った。
しかし、その遺体を確認し、紅騎は違和感を覚える。
「ずいぶんでかい爪痕だな......」
クルセイダーの盾に深々と刻まれた爪の痕。それはこのカタコンベに居るモンスターでは該当するモンスターが思い当たらない。
「......?」
何か、きな臭いな......こいつは。そう思案を巡らせながら生存者はいないかと歩く。と、足もとから小さな声が聞こえた。
「!」
モンクが一人倒れている。璃緒だった。
「おい!しっかりしろ」
触れてみる。まだ脈はある。
「ん?」
モンクの傍に、小さく光るもの。拾い上げるとそれは金色の指輪だった。
「こいつのかな?」
モンクの顔を見る。ヒールでは傷を到底癒せそうにはなかった。
「イグ葉持ち合わせてねぇしな......。仕方ねぇ、人命優先だ」
モンクを抱え、紅騎はブルージェムストーンを取り出す。
自らの診療所のイメージを思い浮かべ、呪文を唱える。
ワープポータルの淡い光が展開し、その中に入っていった。
診療所のベッドに璃緒を横たえ、
「さて」
薬の調合を始める。ヒールは万能ではない。瀕死の者ではプリーストが使うリザレクションでなくては癒せないこともある。そして、モンクは同系統の職ではあるがそういった術を持たない。
だから、こうした重症の者を癒すにはイグドラシルの葉という特殊な植物の葉が必要となる。
葉をすり潰し、飲ませる。
一瞬淡い光に包まれるが、すぐに消える。
「さて、後はこいつの体力次第だ。まぁ、こんな野暮なことでくたばるようじゃカピトーリナのモンクの名がすたるってもんだけどな」
立ちあがり、部屋を出ようとしてふと思い出したように、懐から指輪を取り出す。
それを璃緒のベッドの袖机にしまいこんだ。
「あー、つくづく俺もバカだねぇ。狩りに出て拾い物、とはね」
冗談めいた口調で呟きながら紅騎は部屋を出た。
5
それから三日後。
「サリナ!」
跳ねるように起きた璃緒の全身を痛みが襲う。
「おう、気がついたか?」
紅騎は物音に気付き、顔をのぞかせる。
「しかし、よく生きてたなぁ、お前。最初見つけた時はもうだめかと思ったんだ......ん?」
ベッドの傍らに座った紅騎の法衣を力任せにつかむ璃緒。
「サリナは!」
どこにいるんだ、と言おうとした瞬間に身体ごと腕を撥ね退けられる。
「助けた相手の胸倉をいきなり掴むなんざ、どこの国の礼儀だ!」
怒鳴りつけられ、璃緒ははっと我に返る。
「......す、すまない。連れがいたんだ......女のプリーストで......」
「プリースト?いや、俺が来た時にはお前と、あとは死体が数体あっただけだからな......どれがお前さんの言うプリーストかまでは分からん」
「......」
必死に記憶を辿る。サリナが握っていた手の感触を思い出す。
「ああ、そうだ。これはお前のか?」
紅騎はベッドの袖机から一つの指輪を取り出す。
ところどころ溶けかけている。高熱で焼かれたのだろうか。しかし、ほんのわずか残ったその中央に青い石が埋まっている
「これは......」
間違いなく、自分がサリナに渡した約束の指輪。
「それからさ、一体何があったんだ?」
紅騎は一通の封書を手渡す。教会からの召喚状だった。
「お前を拾った次の日にゲフェンの教会の奴らが押しかけてきてさ、目も覚ましてねぇお前を連れてくっつーし。
医者が重症患者を死なせる様な真似できるかっつって追い返したけどな」
璃緒は、封書を開け、中身を確認する。
ゲフェン教会退魔師団、璃緒
過日のグラストヘイム調査における唯一の生存者として、調査の結果報告をされたし。
無機質な一文だけがあった。
「......唯一の......」
仲間が一瞬で消えていった様が走馬灯のように頭を駆け巡る。
唯一の生存者、それはすなわちサリナも死んだということに他ならない。
「約束したのに......俺は......」
守れなかった。自らの無力さを思い、ただ、璃緒は悔しさに拳を握り締めることしかできなかった。
6
「つまり、調査の途中、汝らは何者かに襲われ、全滅したということだな」
「はい」
事件から一週間後。
ステンドグラスに彩られた聖堂の中、静かな質疑応答が行われていた。
紅騎の元で回復した璃緒は、彼に礼を告げ、教会の呼び出しに応じてゲフェン教会に戻った。そして、調査団に起きた一連の出来事を報告していた。
何者かの手によって調査団が襲われたということまでは教会も遺体を回収した際に知ったようだったが、その犯人はいまだ突き止められずにいたようだった。
それも......今の璃緒にとってはもはやどうでもいい事と感じていた。その襲撃者を突き止めてもサリナは帰ってこないのだ。
「では」
璃緒に質問を続ける司祭は璃緒の目をじっと見つめる。
「その中にあって汝は唯一生き残った。それは何故か」
「分かりません。私も、その時は死んだと思っておりました。今、ここに立つことができているのは、神のご慈悲あってのことだと思います」
司祭はしばし沈黙し、璃緒の目を見る。
それに臆することもなく、璃緒はまっすぐに司祭を見つめ返す。
その言葉に嘘が無いと思ったのだろう。司祭は、再び口を開く。
「あい分かった。それでは、これは最後の質問だ。調査団に所属していた、プリースト、サリナのことは知っているか?」
璃緒は顔を上げる。
「調査団が全滅したという連絡を受け、我々はグラストヘイムへ向かったのだ。そこには変わり果てた姿となった兄弟たちがいた。しかし、サリナだけはどうしても見つからないのだ」
「みつから......ない......?」
「生存の可能性もあると考え、各地を調査したが、彼女の消息をつかむことはできなかった。汝は彼女とは非常に親しい関係にあったと伝え聞いている。何か、思い当たることはないか」
それは、こっちが聞きたいくらいだ! 司祭に掴みかかりたかった。その気持ちを握り潰すように自らの法衣の胸を掴み、璃緒は答えた。
「ありません。私も、彼女は死んでしまったのだと思っておりました。途中で気を失ってしまい、次に目を覚ましたのは、私を助けてくれた方の家でした。その間に何が起きたのか......それは私にも解りません。神に誓って......」
「そうか......わかった」
静かに司祭がうなずく声を最後に、審問は終わった。
7
冷たい雨が降る日、プロンテラの墓地の隅。遺体が見つからないままだったサリナは、空の箱に、紅騎が見つけた指輪だけが入れられ、埋葬された。
「......」
璃緒はその日一日、その小さな墓標の前から離れることはなかった。
降りしきる雨に打たれ、ただ俯いたままその場に立ち尽くしていた。
彼の身を案じた同僚が何度か声をかけたが、彼は頑として動かなかった。
そして......次の日の朝、彼は教会から姿を消した。
同僚たちは各地を探しまわったが、彼を見つけることは出来なかった。
もしかすると、彼はサリナの後を追ったのだろうか......?そんな噂が流れた。
教会は彼を死亡したとし、名簿からその名を抹消した。そして、一連の事件における調査記録もまた、資料保管庫の奥深くに封印された。
― epilogue ―
紫紺の空とレンガ造りの建物にオレンジの光が灯る。ここはニブルヘイム。
死者達が住まう魂の終着駅。
「ケケケ、オマエ辛気臭い顔してるなぁ。まぁ、ここの奴らはみーんな辛気臭い顔してるけどナ!」
その中の一画にある建物。ランプの明かりに照らされて、小さな黒い影が震えた。
その前には、死人のように陰鬱とした表情の男が立っている。その姿は璃緒であったが、かつての笑顔など微塵もうかがえない。
「でもオマエ、生身のくせにまるで抜けガラだなぁ、ケケケ、ここの奴らとは逆だな!」
「何でもいい。薬は......?」
「ケケッ、そう慌てなさんな」
黒い影はどこからともなく一本の黒い瓶を取り出す。
「手に入れるの大変だったんだぜぇ?魔女の水薬。しかし、こいつは......」
「分かっている」
黒い影から瓶を受け取り、男は蓋を開ける。
「人は......全てを忘れたい。時にそう思うこともあるんだよ」
そう言って、彼は瓶の中身を飲み干した。
そのしばし後。ニブルヘイムの西、秘境にある小さな村の片隅。璃緒は座り込んだまま虚空を見つめている。
「......」
彼のただただ、虚無に満ちた時間が始まった......。
― 終 ―