ただいまー。あれ?二人は?」
日課の狩りから帰ってきた璃緒は、食堂で黙々とパンケーキをほお張っていた緋汐に尋ねた。
「泉水は、部屋。今大事だから入るのはダメ」
「大事って、お仕事?そっかー。せっかくおいしいもの買ってきたのになー」
ガサガサと包みを取り出すと、甘辛い香りが広がる。
「サテ、夕ごはんにみんなで食べたらおいしいよねー。緋汐もいるー?」
「私......泉水のパンケーキ食べてる。でも、すこしいる......」
「わー、よかった!温めてお皿にいれなきゃね」
満面の笑顔で片付けをしていると、
「ただいま」
「あっ、群雲!お帰り!ねえねえ、サテ買ってきたの!みんなで食べよう?」
帰ってきた群雲は璃緒の顔を見、少し戸惑うような表情を見せる。そして、
「いや、悪い......今は食欲が湧かん」
そういって、そのまま階段を上がっていってしまう。少しして、部屋の扉を開閉したらしき音が聞こえた。
「どうしたんだろ......お仕事忙しいのかな......?」
小さく首を傾げる璃緒に横から声がかかる。
「おや、お帰り、璃緒」
「あっ、泉水!ただいま!あのね、サテを買ってきたんだけどみんなで食べよう?」
璃緒の顔を見、少し考え込むような表情をした泉水は、
「すまないね。ちょっと急用で出かけるんだ。璃緒、紅騎はウンバラかい?」
「え?あ、うん、そうだけど......」
「ありがとう。ごめんね、群雲が帰ってきたら一緒に食べるといいよ」
軽く璃緒の頭を撫で、泉水は足早に宿の外に出ていく。
「............」
泉水の後ろ姿を見送り、しばらく璃緒はじっと扉を見つめる。そして、
「群雲も泉水もどうしたんだろ?」
しょぼん、とした表情で呟く。
「璃緒、間が悪かった」
よしよしと緋汐が璃緒の頭を撫でる。
「むぅ......」
しばらく2階を見上げるが、群雲が出てくる様子はない。
「いいもん!全部食べちゃうんだ!お酒もだしちゃうんだ!」
ぷくーっと頬を膨らませた璃緒は奥の棚から果実酒の瓶を取り出す。
「緋汐も付き合って!俺は飲むよ、飲むよー!」
璃緒の様子に、やれやれと肩をすくめ、緋汐は席についたのだった。
サテを二人で平らげ、果実酒をひと瓶空けた頃。
2階のドアが開閉する音が聞こえる。
「璃緒。......少し話があるんだが......酒を飲んでいるのか?」
「んー?サテはもうないよーだ」
テーブルに半ば突っ伏したまま璃緒はぷくっと頬を膨らませる。
「悪い。今度買ってきて食おう」
向かい側に座り、カップに果実酒をなみなみと注いで一気にあおる。
「群雲がお酒ってめずらしー」
「素面で話せない話だ」
にへにへとほろ酔いの表情のまま首を傾げる璃緒に、群雲は続けて話し掛ける。
「璃緒、お前は本当に昔のことを覚えてないのか?」
「うゆ?」
「今日、先日斜陽亭にグリフォンをけしかけた奴に会った」
「ほへ!?」
少し姿勢を起こす璃緒。傍らでちまちまとジュース割の果実酒を飲んでいた緋汐もぴくり、と群雲の方を見る。
「そいつはお前に用があるらしい。赤い髪のハイプリーストだ。お前の知り合いなのか?」
「うーゆー......?」
テーブルに深く突っ伏してしばらく動かなくなる璃緒。
「うーん、しらない」
ふと、顔を上げて返す璃緒。
「でもねー」
「?」
璃緒は更に言葉を続ける。
「こーしてるとね、たまーにうとうとして、変な風景の夢を見るの」
「風景?」
「金髪の女プリさんとー、俺。なんだか楽しそーにしゃべってるのー」
「......?」
「金髪のプリさん見てるとね、とてもしあわせーって思うんだけど、変なんだ。どうしても顔だけ思い出せないんだー。だからプリさんはいつも後ろ姿なの。でもね、綺麗な人だーってことだけわかるの」
「その人が誰かは思い出せないのか......」
「うんー......」
そういうとぱたり、と再びテーブルに顔を伏せる。
「どうした?酔いが回ったか?」
「ううん」
ぽつり、と呟くように続ける璃緒。
「すごく幸せなのに、必ずそのあとすごくすごく悲しくて、悔しくなるの。なぜかわからないけど......」
顔は見えないが、群雲にも璃緒が泣いているのだということがはっきりとわかった。
「まるで......胸に大きな、大きな穴が開いちゃったみたいな感じがして。でも、悲しいのがわかってるのにまた会いたいってなるの。変だよねー、変だよねぇ......」
「............」
じっと、璃緒の様子を見ていた群雲は何か意を決したように話し掛ける。
「璃緒」
「う?」
「今から話す話はとても大事なことだ。意味はわからないかもしれない。だが、頭のどこかに置いておいてくれ」
「大事なこと?」
「お前が見ている夢が何であるか、その手掛かりになるかもしれない」
「!」
少し、ハッとした表情で璃緒は群雲を見返す。
「ただし、聞くか聞かないか。そいつはお前の意思に任せる」
(......ソフィアさんも紅騎も酷だと思うよ)
璃緒の回答を待つ間、群雲は教会でソフィアから聞いた話を思い返す。
(でも、恐らく奴を退くためにはやらなくてはならないことなんだ)
璃緒は、しばらくうんうん唸りながら考えていたが、顔をあげ、群雲を見据え口を開いた。